プチ・ファーブル・熊田千佳慕、没後15年。
生物への愛溢れる名作と言葉に、今、深く打たれる。
自分も今後折々に立ち止まって考えたいとき、この本を開くだろう。
そのなかはいつでも圧倒的な生の光が溢れていて、世界の広がりを感じることができる。
千佳慕さんの目を通して見えた世界が鑑賞者にも伝播し、人間の目では見ることができない領域へ連れていってもらえるのだ。
川内倫子(本書「無心であること」より、本書帯に掲載
子どもたちのことを、愛情を込めて「ちいさい人」と呼び、彼らへ昆虫や植物のいのちの輝きを伝えるため、98年の生涯を費やした生物画家 熊田千佳慕(くまだ・ちかぼ)の没後15年を記念した「熊田千佳慕の世界 ―愛するからこそ美しい」展の図録兼書籍。
千佳慕は自身の仕事を「神さまへのレポート」と言い、地球で共に生きる昆虫や動物、草花たちのいのちの形を、その連鎖のゆりかごである土までも真摯に写しとろうと描いた。そして自然は「愛するからこそ美しい」と、心の目の純粋さを願い続けた。
千佳慕がそのような思いを抱くようになったきっかけは、20代後半から経験した戦争。最愛の父を空襲で失い自ら荼毘に付した経験を持つ千佳慕は、戦後、自分たち大人が引き起こした過ちを悔い、子どものための仕事しかしないことを誓って、その後60年以上、ぶれることなく意志を貫いた。
この世界を自分たち人間の視点だけで見るのではなく、虫たちの目で見つめることの大切さを発見した、熊田千佳慕という希有な人の心からの言葉とまなざしが捉えた精魂込めた作品群によって、「クマチカ先生」へもう一度めぐり会える一冊。
<目次>
ごあいさつ
クマチカ先生のこと
第1章
プチ・ファーブルの仕事 ~ファーブル昆虫記の虫たち~
プチ・ファーブルの勉強帖
第2章
クマチカ先生と自然 ~千佳慕が見た自然の世界~
日本の虫の世界
動物の世界
鳥の世界
草花の世界
無心であること/川内倫子
第3章
ゴローちゃんが見た夢 ~ファンタジーの世界~
第4章
五郎から千佳慕へ ~絵本の世界~
『ふしぎの国のアリス』
『オズの魔法つかい』
『ピノキオ』
『ライオンのめがね』
『みつばちマーヤの冒険』
『ミツバチマーヤのぼうけん』(学研『3年の科学』)
『みつばちマーヤの思い出』
第5章
熊田五郎の頃 ~デザイナー時代の仕事~
クマチカさんの日々 ――千佳慕の生活と制作
「驚き」に気付く/中澤一雄
熊田千佳慕―揺るぎない信念と作品世界/近藤あや
熊田千佳慕年譜
作品リスト
著/熊田千佳慕
寄稿/川内倫子、中澤一雄、近藤あや
サイズ
B5判変型 並製本
ページ数
192頁(図版約200点)
【展覧会情報】
「熊田千佳慕の世界展 ―愛するからこそ美しい」
会場:奥田元宋・小由女美術館 ≫
会期:2024年10月31日(木)~2025年1月13日(月)
※本書は本展の公式図録兼書籍です。
◆熊田千佳慕(くまだちかぼ)
1911年、横浜市で生まれる。病弱で庭先の虫や草花の絵を描いて過ごす。
1929年、東京美術学校鋳造科に進学。長兄精華の友人であった山名文夫に師事、日本工房に入社しグラフィック・デザイナーとなるが、10年後、体調を崩し退社。
1941年、応召するが除隊。
1943年、日本写真工藝社に入社し、終戦まで在籍。この間、内閣情報局のもとで『NIPPON PHILLIPIN』などを制作。
1945年、結婚の8日後、横浜大空襲で焼け出され、父を喪う。その後、山名に貰った1本の鉛筆と、疎開先の縁の下で見つけた水彩絵具をきっかけに一筆一筆を重ねて仕上げる独自の技法を生み出す。
1948年、定職を捨て絵本の世界に身を捧げる決意をする。
1954年、五郎から千佳慕と名乗るようになる。
1955年、絵本『オズの魔法使い』が高い評価を受け、絵本画家としての地位を確立。
1971年、60歳で『ファーブル昆虫記』を出版。10年後、『ファーブル昆虫記1』がボローニャ国際絵本原画展に入選、脚光を浴びる。
1996年、本格的な回顧展を横浜高島屋で開催。以降、展覧会多数。
2009年8月13日、誤嚥性肺炎のため自宅にて死去。